僕は子供の頃からずっと勉強が嫌いだった。今でも勉強をすること自体は特に好きな行為ではない。必要を感じたり、興味を持った事でない限り、自分から進んで無闇やたらに勉強する事はまず無い。そんな僕が中学2年の終わりが近付いた頃、初めて自分から進んで勉強に励む事になった。それは、ある朝目覚めると突然勉強が好きになっていた、というわけではないが、ある重大な事に気付いたのだ。
僕はカンニングに夢中になり過ぎていて、気付くまで随分と時間がかかったが、完璧にカンニングを成功させる為の準備は、下手したら真面目に勉強する以上の時間と労力なのではないかと考えるようになった。同じ時間をかけるなら、見つかった時のリスクがあるカンニングよりも普通に勉強した方が得に決まっている。
そこでとりあえず一度、本気で勉強をした自分にどれだけの実力があるのかを実験してみる必要があった。まずは小手調べに日本人学校の漢字テストで30問中、自力で25点を取ってみる事にした。別にカンニングをするわけではないので遠慮する必要は無かったが、急に満点を取ってしまうと、真面目に勉強したにも関わらず疑われてしまう危険性があるだろうと警戒し、とりあえず無難な点数から攻めてみる事にしたのだ。
そんなわけで真剣に漢字を覚えようと思い立ったは良いが、それまで本気で勉強に取り組んだ事が無かった僕は、どう勉強して良いかが分からなかった。漢字はとりあえず何回も繰り返し書いて体で覚えるしかないと言われていたが、そんな機械的な作業をひたすら繰り返せるほど僕には辛抱強さがなかった。そこで、小さな頃から絵を描くのが好きだった僕は、漢字をただの「イメージ」と考えるようにして、一つ一つ自分なりに漢字をデザインのように絵にしていった。「漢字」を「漢字」として頭にインプットする事は出来なくても、自分が描いた「絵」のイメージを想い描く事は僕にとっては簡単な事だったので、そうやって暗記するスタイルを築いた。
実験は見事に成功し、狙った通り25点を取れた。
この実験により、例え勉強を好きになる事は出来なくても、他に自分が好きな事と上手い具合に組み合わせる事で、少しでも楽しめるように工夫する事は可能だという事が分かった。
その要領で他の科目も同じように勉強しはじめると、カンニングをしなくても自力で良い成績を取れるようになったのだ。
しかし、次第に欲深くなった僕は、そこそこの点数では満足できなくなり、満点を取らなければ気が済まなくなってしまった。特に、ただ形を覚えるだけで良かった漢字テストは僕にとっては得意分野だったので、勝手に自分の中で大きな課題を立てた。中学3年の一年間、毎週ある漢字テストで毎回満点を取るという目標だった。漢字テストは毎週30問出題されるが、それまでずっとカンニングしかしていなかった僕にとって、いきなり中3レベルの漢字を毎週30個も覚えるのは結構ハードルの高い目標だったが、一度決めたら何が何でもやり遂げなければ気が済まない頑固な性格の僕には、そのくらい極端な目標でもなければ真剣に勉強に取り組む事はなかっただろう。
結論から言うと、中学3年の漢字テストでは最初から最後まで全て30点を取る事ができた。しかし、一度だけ危ない時があったのを今でも覚えている。あれは恐らく中学3年の中盤あたりの頃だったと思うが、ある週、戻ってきたテストが29点だったのだ。一体どんなミスを犯してしまったのかと確認すると、たった一つだけ「点」を入れ忘れていた所があったのだ。たかが「点」の一つくらい大目に見るべきだと先生に必死に抗議したが、なかなか聞く耳を持とうとしない。そこで僕はもしも30点に直してくれなければ、今後一切、漢字など勉強しないと訴えた。あまりの執念深さに先生も手が負えなくなったのか、最後は諦めてなんとか30点に直してくれた。ただし、大目に見るのは最初で最後という条件付きでだ。勿論、それから僕も相当慎重になり、小さなミスすらないように心がけるようになった。あの時、先生が折れてくれなければ、僕は本気で漢字どころか勉強を全般的に投げ捨てていたかもしれない。当然、勉強で大事なのは点数ではなく何を得るかなのだが、人はそれぞれモチベーションを高める為に何らかの目標が必要で、そのモチベーションを持続される事も同じくらい大事な事だと思う。当時の僕は30点という数字にとらわれ過ぎていたかもしれないが、それが僕にとって勉強をするモチベーションになっていた事を理解してくれて、間違いを正解にしてくれた先生には今でも感謝している。おかげで、無理矢理ではあったものの、なんとか目標を達成して気持ち良く中学を卒業する事ができた。
ハワイでの日本人学校は、日本の義務教育と同じ中学3年までしかなかったため、中3を卒業すると同時に僕が日本語を勉強する環境は無くなった。あれだけ毎週いやいや通っていた学校も、終わってしまうとなんだか寂しいものだった。
しかし、寂しさに浸っている暇はそんなになかった。現地校の方も中学を卒業すると、3ヶ月の夏休みを挟んで高校が始まる。まったく違う学校で、またまた大勢知らない生徒達が集まる環境で再スタートしなければならない。
高校ともなると4年も差のある先輩がいるわけで、そんな事は小学校3年生ぶりの事である。ただし、大きな違いは、高校では授業によって同じクラスに様々な学年の生徒が混じり合い、一緒に勉強するという点だ。これは小学校から中学校に入った時とはまた全然違う劇的な変化だった。
しかし、日本人学校も終わり、宿題の一つも出ない幸せな夏休みを純粋に満喫していた僕は、そんな事も知らず、まさか突然11年生や12年生ばかりのクラスに9年生の僕が放り込まれる事になるとは、思ってもいなかった。
つづく












